魂と技術の救急医療で、患者の人生にもう一度チャンスを。
【PROFILE】
日本医科大学千葉北総病院
救命救急センター 助教・フライトドクター
/本村 友一
1977年福岡県生まれ、2002年佐賀医科大学医学部卒業。健和会大手町病院救急科、佐賀大学医学部附属病院救命救急センター勤務を経て09年より現職。交通外傷予防・軽減を目指し、医工学連携の事故実態調査と世界初のドクターヘリを起動する救急自動通報システム「D-Call Net」の開発で世界に挑む。小学生の頃、大人たちの身体についての無知さと、病気や怪我への対処指示との矛盾に疑問を抱く。中学1年時、祖父の交通事故による臨終を体験し、想像していたより限定的な医療の現実を感じたことが、医師を志す原体験となった。
助けられる命を最大化するための挑戦。
テレビドラマ・映画版「コード・ブルー 〜ドクターヘリ緊急救命〜」の撮影地でもある、日本医科大学千葉北総病院の救命救急センターでフライトドクターとして勤務する本村氏は、同ドラマ・映画の監修も務める。実際の救命現場を指揮する本村らの監修により、臨場感が伝わると評判だ。本村氏は、「コード・ブルー」が私たち一般市民に対する救急医療の教育に貢献していると言う。
「救急の多くは、さっきまで元気だった人が突然生死のラインに立たされるという想定外の出来事です。119番する通報者が冷静とも限らない。だから、救急医療についての教育はすごく重要だと思っています。ほぼ知られていなかったドクターヘリの存在がドラマによって一気に認知されたことは、大きな功績です。できるだけ多くの命を救うために、ドクターヘリに限らず、救急医療について一般の方にもっと知ってもらいたいことが他にもたくさんあります」
災害医療チームでも活動する本村氏は、2011年東日本大震発生時、東北に集結した16機のドクターヘリの指揮役を務めた。2016年の熊本地震発生時も、当直中に一報を受け、その足で現地入りしたという。
ドクターヘリは2011年当時、全国に26機。2018年8月時点では52機に増えているが、人口カバー率を考えると目標は80機。当然機体だけでなく、対応できる医療施設とフライトドクターの養成も必要になる。本村氏は厚労省の研究班との共同研究や全国各地での訓練を重ね、全国でのドクターヘリによる救命の実現に挑戦しているのだ。
ドクターヘリでの救命率を高めるには、医療技術以外の視点からのアプローチも重要だと本村氏は考える。「医療に何かを掛け合わせることで、次の可能性が生まれる。新しく助けられる命が出てくる」。すでに実用化した技術を含め、複数のプロジェクトが進行中だ。いずれも、救命タイムリミットへの挑戦である。
生死を分ける、その20分を短縮したい。
ドクターヘリは時速200キロで飛行する。たとえば千葉県では千葉北総病院と君津中央病院の2つのドクターヘリ基地病院を起点とすると、出動要請から15分以内に県全域に到着可能だ。事故などで出血した場合、救命のためには概ね出血から手術開始までのタイムリミットは60分以内というのが医療界の常識。15分で到着できるならば間に合うように思えるが、問題はドクターヘリ到着の前後、双方にある。
「現在の救急現場では、事故などの緊急事態発生から、ドクターヘリを呼びましょうという判断がされるまでに、20分程度かかっています。まず、119番通報までに平均5分。状況を聞いて、救急車が出動し、到着したら救急隊が患者を診て、ヘリの出動要請をするまでに15分。このタイムロスは、救急医療の世界ではあまりに長すぎる。数分が生死を分ける救命救急の現場で、この20分をなんとか短縮したいのです」
短縮のためにまず取り組まれたのが、119番通報の内容によって指令員が直接ドクターヘリを呼ぶ「覚知(かくち)要請」だ。救急隊の出動と同時にドクターヘリを要請することで、救急隊の現場到着・判断までの15分のタイムロスを補うことができる。しかし、家族や近しい人が倒れて動揺している119番通報者から、電話口で患者の症状や呼吸の状態など、重症度を判断する情報を聞き出すことは容易ではない。結果、救急隊が到着してみると重症ではないケースも多いという。救急車での搬送になればドクターヘリは引き上げるが、往復で30分間以上ドクターヘリ1機の稼働が停止することになる。本当に必要とする重症患者を救命できない可能性が生まれてしまうのだ。
そこで、本村氏が現在NTTドコモとの共同開発を進めているのが、スマートフォンを活用したビデオ通話による119番通報システムだ。
「言葉による119番通報って、冷静ではない状態での伝言ゲームなんです。通報者の方は医療知識もなく不安ですしね。それに対して動画は客観的な情報なので、言葉のような認識の相違はありません。状況を正確に把握して、通報者の方にも的確な処置を指示することができる。動画119番システムは世界初の取り組みです。システム自体はもう完成していて、今は実証実験の段階。いずれ世界の常識にしていきたいと考えています」
また、本村氏は交通外傷予防・軽減を目指した救急自動通報システム「D-Call Net」を自動車メーカー各社などと共同開発し、正式にサービスを開始。トヨタ自動車の将来的な全車搭載が決定している。
「D-Call Net」は過去10年間、約300万件の交通事故データを元に、自動車衝突時の衝撃度合い(速度変化、衝突方向、衝突回数、エアバック作動、シートベルト使用)による重症者発生率を算出。搭載車の事故発生時に作動し、重症率が5%以上の場合は自動的にドクターヘリの出動要請が通知される仕組みだ。本村氏は今、すべての自動車への搭載を目標に、後載せ式デバイスの開発や保険制度まで含めた検討を進めている。
医療教育への思いと、フライトドクターの魂。
ドクターヘリの現場到着後の処置と、患者の病院到着後に手術を開始するまでの時間でも、タイムリミットに挑戦している。本村氏が胸につけているカメラ、REMOTES(リモテス)がそのひとつだ。
「ヘリで現場に行くドクターは、基本的に一人です。重症の場合はその場で開胸したり、気管挿管したり。やるべきことはたくさんあって、待機している病院のドクターに、患者の状態や手術準備について伝える余裕はありません。そこで、病院側からの操作でフライトドクターの胸につけたカメラを起動し、現場を中継できるシステムを利用しています。病院側でその映像を見ることで、病院到着後の対処や手術を担当するドクターの決定など、事前に体制を整えられるというわけです」
REMOTESならば、フライトドクターの現場判断と治療を生で見ることができる。救命センターの医療スタッフや救急隊などの貴重な勉強機会にもなるのだ。
「ドクターヘリで現場に運んでいるのは、医療技術というよりも、医師としての魂だと思うんです。1分1秒を争う中で人の命を救うには、やはり救命救急に対する志や魂がベースにないとね。ただ、後輩たちに手術の技は教えられるけど、魂は教えるものじゃない。ともに命に向き合ううちに、伝染していくという感覚です。この病院に全国から研修に来た若いドクターが、いずれ同じ魂を持ってそれぞれの救命センターに帰ってくれれば、日本中に志の高い医師が増えていく。ここで魂を伝染させていくのも私の役目なのかなと思っています。そんなこと言ってるから、一向に九州へは帰れないんですけどね(笑)」
ドクターヘリの活躍で、より多くの患者が命を取り留め、人生でもう一度何かに挑戦するチャンスを与えられる社会が実現するまで、本村氏が取り組む救命医療の未来計画は止まりそうにない。