アツイシャ

慢性腎臓病診療はアンサンブル。患者のクオリティオブライフを高めるチーム医療を実践する。

【PROFILE】

名古屋第一赤十字病院・城西病院
腎臓内科代表 医学博士/石川 英昭

1973年岐阜県生まれ、1999年東海大学医学部卒業。腎臓内科を専攻し、腎臓・透析診療に従事。一時臨床を離れ、名古屋大学医学系研究科大学院にて免疫学の研究で博士号を取得。進路に迷った結果、再び地域医療の臨床に復帰し、現職までに8つの総合・基幹病院に勤務。2011年に脳脊髄炎での入院とリハビリで約半年間休業。医師人生を見つめ直す機会となる。医師としての専門性をいかすこと、知見を後進や世間に伝えること、医療の新しい価値観を提供することを自身の使命と考え、再々度臨床に復帰。現在は診療・研究・教育の3つの柱に加え、開発分野にもやりがいを見出す。

慢性腎臓病は治せない。でも助けられる。患者の人生を支える医療。

学生時代、オーケストラでコントラバスを演奏し、楽団長も務めた石川氏。各楽器のプレイヤー、必要な資金集め、広告宣伝など、演奏会の準備や指揮経験が、現在の腎臓・透析医療に通じているという。

「慢性腎臓病診療は医師、看護師だけでなく、臨床工学技師、栄養士、理学療法士など多くの専門家が一人の患者を助ける集団技。音楽で言うとアンサンブルですね。楽団である医療チームが全力を尽くし、観客である患者さんとそのご家族がいて、演奏会が成功する。腎臓は再生しない器官なので、治らないんです。だから私は一人も治していない。でも、全力で助けています。透析の患者さんとは長いお付き合いになるので、医療チームのリーダーとしてケアプランを考え、クオリティオブライフの維持に役立ちたいと思っています」

慢性腎臓病が原因で、人工透析を受ける患者と医師は、10年単位の付き合いになる。3年間通学する高校選びでも必死に悩むのだから、それ以上に通院先との相性や信頼度が重要なのは言うまでもない。透析が必要となれば、どれだけの期間、どの程度の頻度の通院で、いくら治療費がかかるのか、その意思決定には多大な労力がかかる。だからこそ石川氏は、患者を診察しながら観察し、家族や人間関係、生活環境などの情報を収集、同時に信頼関係を築くコミュニケーションを重視している。

「ご高齢の方の場合、まずは患者さんを連れて来た人を観察する。お孫さんかお子さんか、それともお嫁さんなのか。遠くに住む子どもがいるのか。透析という一生の話をする時もこの人だけでよいか、別の人が必要か。その判断材料がほしいので、患者さん本人だけでなく、付き添いのご家族ともよく話をします。私が履いている五本指シューズ、珍しいじゃないですか。これトレッキングシューズで、足先の感覚は脳に直結するので、脳を鍛える運動効果が抜群なので毎日履いている愛用品なんですが、診察にいらっしゃる方から、必ず聞かれるんですよね。今日も診察室で、靴ですか?靴下ですか?って、患者さんそっちのけで(笑)。自分の運動グッズですが、臨床医は会話が弾んだ方がいいので、そのきっかけ作りにもなっていると思います」

無類のゲーム好きが挑む、VRゲームの運動療法。

運動療法は、石川氏が今最も注力する研究分野だ。人工透析患者の多くは運動不足。腎臓病と運動の因果関係を研究し、運動による治療効果の臨床データを収集して論文化できれば、有効な治療機械の開発へ繋げることができる。自ら無類のゲーム好きという石川氏は、ゲーミフィケーションの理念を基本とし、民間企業と共同でVRを用いた患者さん向け運動推進ゲーム機器を開発中だ。

「人工透析は1回あたり3〜4時間かかります。透析は毒素だけが抜けるわけではないので、エネルギーが奪われて、筋肉が痩せてしまう。でも、ベッドに寝ている間、脚はヒマしてるんです。ならば、脚だけでできる運動はどうかと。ただ運動を促しても飽きてしまうので、VRで情景を見られるサイクリングゲームで、目標をクリアしたらマイルが貯まるとか、何マイルでジュース1本貰えるとか、楽しい要素を取り入れた医療用ゲームにしたいですね」

同じくゲーム感覚で楽しめる医療機器として、患者の寝たきり化を予防するベッドの開発も石川氏の構想のひとつだ。「すべてボタンで操作できてしまう便利なベッドではなく、逆に負担をかけてあげることで、運動効果を得られるベッドを考えています。手で回すとか、脚で漕ぐとか、ストレッチでもいいですね。運動して稼いだコイン分だけテレビが見られるとか、患者さんが頑張りたくなるゲーム性のあるベッドを作りたい」

患者の運動療法であり、高齢化社会への対応でもある医療機器開発は、人工透析患者の治療に楽しみを添え、患者の人生を助ける、石川氏ならではのゲーミフィケーションである。

時代と共に進化すべき、医師の思考とAIとの役割分担。

日本赤十字病院には、外国人も多く来院する。

「高度腎不全の50代のフィリピン人男性がいて、お国柄なのか脂っこい食事が好きで、ぽっちゃりしていて、人はすごくいいんだけど、近い将来に透析が必要になるほど、腎臓が悪い。だが母国には帰れないと。今日本の多くの病院で、メディカルツーリズムが広がりつつありますが、それは主に検査や短期間の入院治療が中心です。そうではなく、長期で日本での透析療養が必要な外国人患者さんにも、しっかりと対応できなければならない。今後増えていく課題の一つだと思います」

グローバルという観点でも高齢化対策が求められる時代。医療界全体が大きく進化すべきだと石川氏は主張する。

「医療従事者がサービスや機会を提供し、患者さんが非常時や緊急時にのみ享受するという、従来の一方通行の関係から脱却する必要があると感じています。医師は、病気の解説者ではありませんし、病気だけを診ていては患者さんの人生をサポートできない。だからより一層患者を理解し、寄り添いたい。それには医師に時間的な余裕が必要なんです」

医師の時間を生み出すために、これから積極的に活用したいのがAIだ。膨大な書類作業、レントゲンや病理検査などの画像データ解析、内視鏡検査画像の解析など、AIに任せることで精度が上がる仕事は、どんどん任せていく。さらに、人工透析で患者に針を刺す作業を自動化する開発にも取り組みたいという。その理由は、効率化だけではないようだ。

「人工透析は治療が長期なので、ベテラン患者さんが多い。そこに新米医師や看護師がつくと、患者さんの方が病気に詳しくて知識面で凌駕されてしまったり、針の指し方が不慣れで怒られたりして、スタッフのメンタルヘルスへの影響が大きいんです。看護師が本来の仕事に集中できるように、針はどうにかしたい問題です」

医師や看護師が集中すべき本来の仕事とは何か。石川氏の答えは当然、患者とのコミュニケーションだ。

「診察後に患者さん100人分の書類を見るより、5分でも10分でも患者さんと話せた方がお互いにハッピーです。書類仕事のスピードだけでなく近い将来には、診断の精度でも、ディープラーニングに人は勝てなくなるでしょう。医師は、AIに代替できない判断をするためにいます。例えば、ご高齢の方に肺がんが見つかったら、告知して手術をすすめるのと、知らせずに、対症療法で平穏に過ごして頂くのと、本人にとって、どちらが幸せか。患者さん自身の人生の価値観を尊重し、ご家族の意向も踏まえ、一緒に悩みながらも、病気のプロとして治療方針の意思決定に寄りそう。AIには決してマネできません。運命に従うと治療を拒んでいた人が、孫が生まれたから長く生きたいと180度違う希望を持つ。それが人間です。悩み、常に心が揺れ動く人間だからこそできる仕事、医師がその本質であるケアプランの仕事に集中できる環境を作りたいんです」

一方通行ではない、患者と共に考える医療へ。石川氏の理念と行動が、これからの腎臓内科を支える多くの医療従事者の道しるべになるだろう。

FAVORITE ITEM

石川先生の愛用アイテム

Vibrate社

FiveFingerシューズ

病院内では常に着用。慣れるまでは履くのに1分程度かかりましたが、今や2、3秒で履けるようになりました。姿勢矯正や下肢ストレッチ運動効果を実感できる快適な使用感。患者さんや付き添いの方が驚いて聞いてくださるので、会話のきっかけにもなっています。健康効果も、コミュニケーションツールとしても強力です。